書道を一生の仕事と決めた師・増子総洋先生とのご縁
牽洋
腕にはスマートウォッチ、ジャケットにはピンバッジとポケットチーフ。
北海道はオホーツク海沿岸の紋別出身の増子総洋先生。2008年にご縁をいただいてからの令和5年(2023)6月11日、満79歳でお別れすることになってしまった師・増子総洋先生との思い出をこの場を借りて振り返らせていただきます。
出会い
初めて稽古場を訪れたのは、今から15年前の2008年の年末だったでしょうか。
職場で可愛がってもらっていた6歳上のお姉様にお誘いいただき、書道教室の扉を
こんにちは~と入っていくと、
稽古場では、みんな書き初めの作品制作の真っ只中。
広々とした会場に巨大な毛氈が敷かれ、床で条幅を書く人。
ロープを張って吊るした作品を先生と一緒に鑑賞する人。
など、
いつか習ってみたいと憧れていた書道教室での刺激的な光景でした。
指導は、増子総洋先生。
私の出身高校である幕張総合高校(幕総)の話になると、ちょうど私が幕総を卒業した2年後に増子先生は校長として着任されたという共通点があり、ご縁を感じました。
現在2023年4月からNHKで放送中のアニメ『青のオーケストラ』の舞台となっている学校です。高校では書道部もあったのですが当時の私は、音楽棟でオーケストラ部の隣の合唱部で青春時代を過ごしており、母校の様子が、アニメの世界で懐かしく描かれていて嬉しくなりました。
増子先生も療養中このアニメを観て懐かしく思い出しておられたかしら・・・と思いながらこの数ヶ月を過ごしておりました。
全書芸での学び
自宅に保管してある本棚を見ると、2009年1月号から全書芸誌の購読を開始。
お稽古仲間の背中を追いかけて、昇段した際に、先生からついに雅号をいただきました。
お稽古場で一番若かった私に、これからも書道文化発展のため、若い力で引っ張っていく、牽引する、という意味を込めて、『牽洋』とつけてくださったと伺いました。
男前なたくましい名前で自分の性格にもピッタリ!と、とても気に入っています。
社中は皆、増子総洋先生の一字「洋」いただいた雅号ですが、これがみんな各々の個性をバッチリと表している字をいただいていて、先生の人を見るセンスが光っています。
お稽古仲間が続々と師範合格。増子先生のご指導のおかげで念願の漢字部師範位の合格をいただくことができました。
半紙では、丁寧に筆遣いを教わり、そして条幅では、作品の作り方、創作の仕方、書いたら吊るし作品全体を見る、を繰り返し文字の配置については特に沢山ご指導いただきました。
師範取得後は、
「師範になってからがスタート!」と先生から学習指針を受け取りました。
まだまだ一生かけての勉強にしたいと思います。
書道講習会
書道講習会での先生の解説は、古典の特徴、一字一字の形が書かれた大きな紙が受講生の前に張り出され、丁寧に解説するスタイルでとてもわかり易く惹きつけられました。
お酒が大好きだった先生。「書と酒と増子総洋」キランっ★な懇親会での一枚。
全書芸展・書道研究「無心会」書展でのギャラリーツアー
弟子たちの書作品鑑賞の勉強にと毎年秋の無心会書展と冬の全書芸展の会場で社中の作品を皆で巡るギャラリーツアーを開催してくださいました。書作品を前に先生のトーク姿は特別生き生きとしておられ、楽しく鑑賞して回ることができました。
稽古場
2016年ころからは稽古場が変わり先生のご自宅へのお稽古に伺うことになりました。玄関には、増子先生の師である高澤南総先生(全日本書芸文化院 初代副会長)の書が掲げられています。
師範になってからは、手本を書くことはなく、よくよく法帖を見るよう指導を受けました。それでも度々行き詰まった時に、目の前で筆遣いを見せてくださったのはとても貴重で嬉しい瞬間でした。
稽古場では、毎月、作品が掛け変わり「全書芸」鑑賞ルームに掲載された作品も。生徒たちの話の糸口となっていました。
左:高澤南総 書/右:比田井小琴 書
先生と書
とてもマメで、書類作成に長けていた先生は、全書芸展案内や無心会書展の開催に際し、毎回案内状をくださいました。出品の作品解説とともにその案内状の中で先生と書の関わり、師の生い立ちを知ることができたのです。
入会当時は、増子総洋とはどういう人か、NO.1の「はじめまして」から始まり、書道を取り巻く基礎知識を先生の視点(日常のエピソードを交えて)で解説したA4用紙1~2枚にまとめたものを配布してくれていました。今、私の手元にはNO.13まであり、増子先生の師・高澤南総先生にしかられた失敗談など貴重な回もあります。笑
今、読み返すと増子総洋先生のいつもキリッとした教えと、人間味あふれる姿が垣間見えます。書道を様々な角度から私たちに伝えてくださっていたのだなぁと、改めて気づかされました。
増子先生からいただいた第49回全書芸展(令和2年)の案内状に下記の文章が書いてありました。
「この間、心に決めたことがありました。書道を自分の一生の仕事と決めたのだから、今、時間はたっぷりある。自分がやりたいことは何なのかを考えることであると」
お別れ
2021年秋。
「ちょっと腕が上がらなくて、、、来月検査してくるから」とお稽古休止になりました。それから1年半、ずっと再開を待ち望んでおりました……
令和5年(2023)6月15日に行われたお別れの会で久しぶりに先生と会え最後のお別れをすることができました。遺影には、幕張総合高校の校長室で撮られた先生お気に入りの写真。
「私は書の伝道師」とよく話されていた先生。日本の文化である書道を国民に継承発展、奨励する使命感をもっておられました。
加えて、先生には縁談までお世話になりました。
結婚の記念にくださったお作品です。
結婚から10年…
昨年新しい家族も増えました。
師範合格の御礼のお返しに先生からいただいた筆を握りしめています。
「先生、たいへん長らくお待たせをしました。はじめまして。娘です」
先生に直接お会いすることが叶わずとても残念でしたが、
お別れの会に娘を連れてご挨拶しました。
「牽洋さん、元気?頑張ってる?」といつものように話をしてくれそうな。
これからも時々そんな声が聞こえてきそうです。
先生との出会いで「全書芸」と出会い、仲間と書を楽しみながら、美しい書作品に触れることができ一気に世界が広がりました。感謝の気持ちでいっぱいです。
増子総洋先生が繋いでくださったありがたいご縁と奇跡。
今は、書の道を細く長く歩みながら、まず一人、次世代(娘)に書道を継承できたらなと思っています。
先生、長い間ありがとうございました。お疲れ様でございました。これからは書道の発展を見守っていてくださると嬉しいです。