十勝・帯広 翠邦浴 vol.12 帯広市立翔陽中学校編①
今年の十勝は例年に比べ雪解けが早かったように感じます。おそらく全道的にも同じ様子だと思います。桜の開花も、子供の頃は5月の連休明けころ、それが連休中、そして最近はそれがどんどん早まり、今年は4月20日過ぎには咲こうかという記録的な早さです。
4月といえば入進学シーズン。
やはり学校に掲げられている書の紹介はふさわしい感じがしますね。
今回は帯広市立翔陽中学校にある翠邦先生の書を二回に分けてご紹介します。
その前に帯広市立翔陽中学校と翠邦先生の「縁」をお話ししたいと思います。
帯広市立翔陽中学校は平成23年4月に旧帯広市立第三中学校(以下「旧第三中学校」と表記します)と旧帯広市立第六中学校が統合した学校で、校舎は旧第三中学校のものを使用しています。今回ご紹介する作品は旧第三中学校の所蔵だったものです。
この旧第三中学校の初代校長が小室吉助(疎林)先生です(昭和23年4月~昭和34年3月まで)。先生は桑原翠邦先生の帯広小学校時代の5期先輩、その交流は生涯にわたり続き翠邦先生を語るうえで欠かすことのできない方です。小室先生が旧第三中学校の校長に着任した時にはまだ校舎も出来ていなかった、学校を作ることから始めたという驚きのエピソードがあり、行動力・人物ともに大変素晴らしい先生として語り継がれています。
さて、本題の作品のご紹介です。
「邦家之基」
この作品は縦40cm×横150cm、中画仙紙の半切に書かれています。
最近はなかなか見かけない大きな半切でなかなかの迫力です。
額には保護のためにかけられていたビニールが劣化してきれいに撮影ができませんでした。
そこで急遽特別に許可をいただき、その場で額から作品を外し、撮影し改めて新品のビニールを掛けてお戻ししました。作業には市内のありさわ書道用品専門店の堀社長に協力していただきました。この場をお借りして改めて御礼申し上げます。
作品の語句の出典は詩経・『南山有臺』。
初代校長としての小室先生の意気込みに思いを馳せたとき、作品の意味する「国家の礎」は正に子供たちに向けてのメッセージでもあり、教育にあたる教員の心構えでもあるかのように感じます。そしてその意味を体現するかのような翠邦先生の作品です。
先に触れました通り開校した時点ではまだ校舎は無く、体育館が完成し入学・卒業式ができるようになったのが昭和28年8月。雅印からこの間に書かれたものではないかと推測します。
※今までご案内した作品の所在地はこちらのマップで確認できます。