墨を磨る時に心がけている師の教え

牽洋


「肌の上を優しくなでるように」

墨を磨る時のコツを私の師、増子総洋先生にはこう教えていただいた。

家事一つしない実家暮らしから離れ十数年が経ち、
最近ようやく家事の中で好き!と思えるものができた。

それは「毛玉とり」。
家の中にゴロゴロと転がっている大物の家事たちを置き去りにして、その小さな小さな家事にのめり込んでいた。一つ好きなものができるだけで生活に潤いが生まれた気がして嬉しいもんだ。

しかし、いざ気になりだすと何十枚にもなり、お得意のせっかちさんが作動。最初はついつい力が入って、ジョリっ・・・・あーやっちゃった!しょぼん・・・と失敗も多い。力を入れて押しつけると穴が空いてしまう。
そんな時に墨を磨るときの師の言葉を思い出し、
「服の上を優しくなでるように毛玉とり器を動かしてみたらどうか」と自分に問いかける。

洗面所横の台に立ちながら無心で毛玉とりに集中したらあっという間に1時間が経っていた。楽しいかもしれない。少しづつ滑らかになっていく服の表面。
好き!と思えるものは、時間を忘れて取り組めるものだ。

書道でも毛玉とりでも量をこなすと見えてくる世界ってあるもんだな。
書道が生活に役にたった瞬間だった。

そんな発見があった後、また硯の上で墨を持つ手が高速回転している。
いかん、いかん、「なでるように」だった。
なでる時は「ゆっくり」だよね。と自分に言い聞かせる。

「肌の上を優しくなでるような気持ちで」

墨を磨る時に心がけていること牽洋増子総洋